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湯之谷温泉の歴史 |
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斉明天皇が入湯!!
湯之谷温泉の歴史は相当古く、伝説では 斉明天皇が入湯されたと言われています。
(斉明天皇の在位は西暦642年〜661年ですが、湯之谷温泉の始まりは定かではありません。)

江戸時代病気治療に!!
確かな記録として残っているものでは、天保13年に藩の儒官「日野暖太郎にこてる」が編述した[西条誌]に
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安永年間(1772〜1781約220年前)に禎瑞新開を完成させた |
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西条藩奉行の竹内立左衛門「たけのうちりゅうざえもん」が、湯之谷 |
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と称する処に自噴する泉水を霊泉水として加温し、湯治に利用した。 |
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文化年間(1804〜1818約190年前)に西泉村=現在の西条市西泉の |
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医師、徳永禎助が屋舎を建て病客を引き病気治療に用いた。 |
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・・・と書かれています。 |
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江戸時代の文献『西条誌』
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『西条誌』は、江戸詰めだった西条藩主の命により「日野暖太郎にこてる」が |
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7年をかけて天保13年(1842年約160年前)に完成した領地内の他誌で、 |
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郷土史研究の宝典といわれている。 |
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全20巻の内、巻の5に湯之谷温泉の事が次のように書かれている。 |
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洲之内村字山崎の内に湯之谷と称する処あり。霊泉湧き出ず。・・・ |
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・・・これをかげば硫黄の気あり。その下流の溝に湯の花ともいうべき |
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白い物付き見ゆ。この霊泉を焚きて浴するに、せん気、腰痛、積気、 |
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冷え(腰から下のひえる病気)等によし。・・・・・・ |
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新たな時代へ
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明治時代 |
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1等湯・2等湯と分け、高級な温泉の時代。 |
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旧西条市内や遠方の客は、人力車で通った。 |
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大正元年 |
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公衆浴場を開く。 |
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大正3年 |
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内務省大阪衛生試験所で食塩含有炭酸泉であ |
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ると、泉質の卓効を認定される。 |
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大正14年 |
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現在のような形態となる。 |
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昭和21年12月 |
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南海地震のため、源泉の湧出止まる。 |
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昭和22年1月 |
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湧出始まり、営業を再開する。 |
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昭和39年 |
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愛媛県より温泉法第2条の規定により温泉と |
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して認定される。 |
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同39年 |
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愛媛県より温泉法第12条第1項の規定により |
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正式に温泉経営の許可を得る。 |